自然に根ざした解決策への道:生物多様性ポスト2020

生物多様性条約第15回締約国会議COP15の第1部が開催されました。開発から自然を守るという自然保護団体の役割は今も変わりません。しかし、自然を守り再生するために革新的なアイデアを提案し、多様な人々と協働するという新しい行動が求められています。キーワードは自然に根ざした解決策(NbS)です。これは、生物多様性と気候変動への取り組みとの連携にとっても重要です。以下に生物多様性条約COP15をめぐる動きと関連させて、新しい行動について解説します。

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生物多様性条約COP10総会

COP15の課題:達成できなかった愛知目標

COP15は2020年10月開催が延期され、2つのパートに分けて開催されます。第1部は2021年10月11日から15日までオンラインで開催され、第2部は2022年4月25日から5月8日まで中国の昆明で対面式で開催されます。

 COP15の目的の一つに、COP10で掲げた愛知目標の振り返りと新しい目標の設定があります。2020年9月に愛知目標の最終評価を記した「地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)」が発表されました。愛知目標は60の要素を含む20目標から構成されていますが、すべての要素を達成した目標は無く、保護地域面積や国家戦略策定など7要素のみが達成されました。また、新型コロナウィルスなど多くの感染症が動物由来であることから、森林などの開発や人と自然の関係変化がこれらの感染症と関係している可能性が指摘されています。そのため、自然・人・家畜がすべて健康であるワンヘルスという考え方が提案されました。

 愛知目標の未達成という現状をふまえて、国連は2030年に向けた新しい目標として、2021年7月にグローバル生物多様性フレームワークの草案を作成しました。それによると、

・陸地と海域それぞれの30%を保護区とする。

・劣化した生態系の20%を再生・復元する

・侵略的外来種の導入率を50%以上削減し、管理または根絶する

・気候変動緩和策として、二酸化炭素換算で年間100億トン以上の削減を自然に根差した方法で貢献するとともに、気候変動対策が生物多様性に負の影響を与えない。

生物多様性に有害な補助金等を、年間5,000億ドル以上削減する

・途上国への国際的な資金の流れを2,000億ドル増加させる

などが掲げられています。ちなみに、日本の自然公園面積は国立・都道府県立を合わせて陸域で20.5%、海域で13.3%です。

 10月13日、COP15の第1部で開催されたハイレベル会合で昆明宣言が採択されました。「自然と調和した生活」という愛知目標の2050年ビジョンの完全達成に向けて、2030年までに効果的な対策をとるというものです。そして、コロナ禍からの復興が生物多様性保全と持続可能な利用に貢献する形で進められることを確実にすること、気候変動やSDGsの取り組みとの連携を表明しています。

 

私たちの暮らしと生物多様性

生態系サービスという言葉が環境白書で紹介されて14年ほど経ちました。生態系は私たちに食料や水を与え、洪水を防いだり、レクリエーションの場を与えてくれることは多くの人々が認めています。ただ、それを支えてくれるのが生物多様性であることはなかなか腑に落ちないようです。わかりやすい生物多様性の効果としては、食べ物の多様性と昆虫による花粉媒介があります。地球温暖化がさらに進むと、日本ではリンゴが作れなくなるかもしれません。解決策としては、リンゴの遺伝的多様性を利用して暑さに強い品種を育てるか、暑さに強い別の果物を育てることです。果物の多様性がないとこうした適応は成り立ちません。また、多くの果樹や野菜は昆虫が花粉を運ばないと実ができません。ミツバチだけでなくたくさんの種類の蜂がその役割を担っています。一種類の蜂しかいないと、温暖化によっていなくなった時に適応できません。

 

生物多様性と気候変動

昆明宣言にも書かれたように、生物多様性と気候変動の取り組みを連携する取り組みが強化されています。2020年12月に開催された生物多様性と気候変動に関するIPBES-IPCC合同ワークショップの報告書が2021年6月に出版されました。気候変動と生物多様性の損失はともに地球規模での重大な危機であるだけでなく、相互に関連しあっているにもかかわらず、これまで同時に議論されることはありませんでした。この会議では、両者への対策が相乗効果をもたらすための合意形成がはかられました。

 まず、現状認識として、地球の陸地の77%、海域の87%が人間活動によって変化したことが、生物多様性と気候変動の両方に悪影響を及ぼしている点があげられました。そして、気候変動は生物多様性の損失の原因であるとともに、生物多様性の損失は窒素、炭素、水の循環への影響を通じて、気候システムにも影響を与えることが指摘されています。避けなければならない点として、一方への取り組みが他方に有害となることを防ぐことだとされています。例えば、バイオマスエネルギーを増やすために、自然林を単一種からなる植生に変えてしまうことです。新しい考え方は、居住可能な気候、生物多様性の維持、すべての人の生活の質の向上という目標を同時に達成するものでなくてはなりません。そのための取り組みを自然に根ざした解決策と呼んでいます。

自然に根ざした解決策(NbS

 自然に根ざした解決策とは、自然を回復・保護することによって、生態系の力を利用して気候変動や災害を緩和しようという行動です。グリーンインフラやEco-DDR(生態系を活用した防災・減災)など関連する言葉全体を代表する言葉として使われています。

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自然に根ざした解決策(NbS)は社会的課題を解決するための生態系関連のアプローチを網羅する包括的な概念です。



 

 都市では道路はアスファルト、建物はコンクリートで覆われ、水は上水道から供給されて下水道へ流れていきます。こうした整備をグレーインフラと呼びます。それに対して、生態系の自然な特性を利用した自然に根ざした解決策が、世界中の都市で登場しています。たとえば、屋上緑化都市公園の木々、透水性の道路やレインガーデンは気温上昇を抑制するとともに都市型水害を緩和してくれます。

 気候変動によって暑くなるだけでなく、集中豪雨が増加しています。河川氾濫に対して、ダムや堤防の建設といったグレーインフラは建設費だけでなく維持管理コストが必要です。高度経済成長期に整備されたグレーインフラは建設後50年を過ぎ、これから更新費が増加します。日本には伝統的な治水方法として霞堤(かすみてい)があります。堤防の一部を二重にして開口部を設けて増水した水の勢いを弱めて遊水地に流し、減水すると速やかに川に戻す仕組みです。遊水地は公園にすれば、冠水しても人的被害は生じません。日本最大の遊水地は渡良瀬遊水地(33km2)です。ここにはヨシ原や湿地が広がり、約1000種の植物が生育し、そのうち60種は絶滅危惧種です。大阪府には恩地川治水緑地(40.2ha)があり、レクリエーションに利用されていますが、冬にはカモ類やチョウゲンボウなども見られます。このように防災と生物多様性の両方に効果をもたらします。

 中山間地では、地域の活性化に自然を活用することは欠かせません。能勢町は、生物多様性促進法に基づき、2019年に能勢の里山活力創造計画を策定しました。そこでは4つの目標として、「グリーンレジリエンスを活かした災害に強いまち」、「都市近郊にあって生物多様性の高いまち」、「活力ある農林業のまち」、「里山資源の魅力を発信するまち」を掲げています。私が関わっている栗園再生とキマダラルリツバメの保護もこの目標に貢献しています。

私たちにできること

私たちにできることとしては、生物多様性を守るために環境を整備することが思い浮かびます。保全協会では南港に野鳥園をつくる運動から出発し、里山など身近な自然の保全に努めてきました。また、自然に関心を持つ人を増やし、保全活動に加わってもらうための講座や観察会もたくさん開いてきました。現在は、国際博覧会が開催される夢洲の自然を守る取り組みを行っています。

 大阪市をはじめ、地方自治体が生物多様性戦略を持ち、生物多様性のための施策への取り組みがゆっくりとですが増えています。しかし、地方自治体は単独で地域の問題を解決することはできません。市民や企業、学校など幅広い関係者との協働が必要です。私たちは、大阪市生物多様性保全に向けたネットワーク会議や堺7-3区の共生の森づくりのの事務局を担うなど、行政との協働にも力を入れています。

 環境省は次期生物多様性国家戦略を準備していますが、COP15での陸海両方の保護区面積を30%という目標を受けて、保護区以外の場所での保全の強化を次の10年の方向性としています。また、種の保存法に基づく国内希少野生動植物種についても、従来の絶滅リスクの高い種に加えて、タガメカワバタモロコなどリスクは最大ではなく、里山に生息する種を加えました。これらの動向は、里山や農地、企業の敷地などでの生物多様性保全活動の機会が増加することを意味しています。NPO、行政、企業、地域の協働の必要性が増しています。

 日々の生活でもできることはあります。私たちが買う品物は、製造や流通の過程で自然に対して影響を与えています。農作物の栽培では農薬や化学肥料が生物に大きく影響します。一部の農家は減農薬栽培や有機栽培に取り組んでいるので、そうした農作物を買うことは生物多様性保全に貢献します。水産物にも水産エコラベルなど認証制度の取り組みが始まっています。農林水産省生物多様性戦略を持ち、現在改訂中の戦略案では、田畑から消費者までサプライチェーン全体において生物多様性を主流化することを掲げています。季節外れの野菜や果物、食品廃棄物、輸入食品も生物多様性に負の影響を及ぼします。食品に限らず製品が生物多様性に及ぼす影響を製品のライフサイクル全体を通して評価する手法も開発され、自社の製品について公表している企業も増えてきました。そうした情報も見て、購入の参考にすることも必要でしょう。